自分には才能がなかった
こう言って音楽の道を諦めた人って多いですよね。
才能・・・自分にはあるんだろうか?
音楽は好きなことは好きなだけど・・・才能となると別問題かも・・・不安。
分かりますよ、そのお気持ち。
心配無用です。
この記事を読んだら才能が必要かどうかがわかり、音楽の道で生き続けられますよ。
結論
才能なんて不要です。
言い切ります。
私は才能がありませんが、30代でギタリストとして一生分の生活費を稼ぎ2014年40歳でセミリタイアしました。
何ですか、才能って?
見られるモノですか?
計れるモノですか?
先天的なモノなんですか?
後天的に作ることはできないんですか?
モーツァルト
モーツァルトって才能ありますよね?
お父さんも小さい時にその才能を見抜いたそうです。
と、聞くと、あたかも生まれた瞬間にすごい曲が作れたような感じしますよね。
こんな話を表面だけ知っちゃうからギタリストが「自分には才能ない」とか思い始めるんです。
モーツァルトのお父さんってレオポルト・モーツァルトといってヴァイオリン奏法の最初の教則本を書いたとんでもない音楽理論家です。
そんなすごい人に息子が生まれたんだからいくらでも息子に教えますよね。
モーツァルト自身も死ぬほど勉強したと言っています。
正しい教育を与える人がいて、努力する環境があり、努力をしたんです。
才能という言葉
これは個人の意見です。私は
「才能」という言葉は、負け犬が努力しなかったことを正当化するために作った言葉。
だと考えています。
「あの人、才能あるよね。」
とは、自分にはできないことを人が先天的に持って生まれたモノのせいにするために発しているんです。
「自分にはできない。それはしょうがない。だって才能がないから。」
と、言いたいんです。
このようなことを言う人はいろんなモノのせいにします。
「この歳だから、自分にはできない」
「身長が低いから、自分にはできない」
「男だから自分には無理」
「女だから自分には無理」
つまり、先天的で変えられない事柄を一つあげて、そのせいにすることで、自分が努力しなくていい理由にしたいんです。
これを「クリエイティヴ・アヴォイダンス」と言います。
頭の良い人ほどこれをやってしまう傾向にあります。
努力
「努力」以外に必要なものはないと言い切れます。
私の知り合いには多くの偉大な音楽家がいます。
誰1人として「自分には才能があった」とは言いません。
そして全員が「死ぬほど努力」しています。
(もがいてた1999年の様子)
そして、これらの人に憧れて、追いかけようとして、努力せずに、途中で諦めた人・・・
彼らが発する言葉が
「自分には才能がなかった」
まとめ
才能なんて不要です。
努力すればなんでもできます。
頑張ってください。
津本幸司
でも・・・どこから始めれば・・・心配無用です。こちらですトータル・ギター・メソッド