
悲劇
ご自身の人生を思い返してください。一流大学に行って、一流の企業に勤めて、思い立って起業して、成功した人生でしたか?
親が医者で、自分も医大に行き、楽しくてしょうがなくて、親から受け継いだ病院の院長になり、優雅に音楽を楽しんでますか?
んなわけないですよね。
悲劇ですよね、自分の人生なんて。ましてや自分の音楽人生なんてまだ始まってもいませんよね。始めようとしていないというか、始める前に死んでしまう可能性もありますよね。
それでいいんです。
良くない?
悲劇であれば悲劇のままで良いという意味です。
良くないのは、悲劇なのに喜劇に変えようと必死になることです。
ちょっと前なら
いましたよね、こんな人。
「イヤー、コロナになっちゃってさぁー、死ぬかと思ったよ〜。仕事も辞めなきゃならないし、もうUberイーツぐらいしか働き口がないんだよ!ハハハ!」
これが、悲劇を喜劇に変えようと必死になっている状態です。
ダメな例
「俺さぁ、中途半端な大学出ててさぁ、パワハラ会社に就職してしまって地獄だよぉ・・・ハハハ」
「学生の頃はギターやってたんだけどさ、仲間が就職だ、引っ越しだでバンド解散してそこから夢潰える……へへへ」
「今でも未練たらしくリビングにはギターがあるんだよね。全く俺って厨二病www」
「ボグナーのエクスタシーの赤いペダルって良い音するよな! 44,000円かぁ、俺の安月給じゃ無理だな! ボーナスでたら買うか! ったく安月給は悲惨だよ笑笑」
これら、すべて悲劇的な自分の状況を喜劇として誤魔化しているのがわかるでしょうか?
悪のサイクル
つまりは美化しようとしているのです。このサイクルを断ち切らないと「悲劇が起こる」→「認める」→「喜劇に変える」→「自分を慰める」→「次の悲劇も慣れっこになる」という循環から永久に抜け出すことができません。
400年前から
はい、また出ました「ドン・キホーテ」でございます。400年前は「喜劇」として街で読む人々が「バカだなぁ」とけらけら笑いながら読む本だったのです。そしてドストエフスキーの時代(1800年代)を経て、今では「悲劇」として知られています。
あなたの音楽人生
始めようとして始められなかった……しかも自分のつまらない思い込みが原因で、その年齢までなにもしてこなかった……こんな馬鹿げた悲劇があるでしょうか。悲劇として語るには恥ずかし過ぎるので、喜劇として誤魔化そうとしていませんか?
今、悲劇を受け入れて、悲劇を悲劇のままご自身でまとめてください。ここからのし上がるストーリーは私、津本幸司と二人三脚で作って行こうではありませんか。
11月1日にしっかり指導しますので、今は日本に閉じこもってしっかり自分の持ち物、好きな事、特徴、過去の悲劇をまとめてください。「あ、そういえば」「わすれてた」っていうのがあると私も「おいおい」となってしまいます。
今年の夏はたくさんのアメリカ人中年ギタリストをこれで救いました。次は10名の日本人を徹底的に作り上げるのが今年のプランです。
しばしお待ちを。
津本幸司 from Koji Tsumoto
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