毎日ふざけて歩いてた

日本の小学校の頃に毎日の朝礼で、ふざけて軍隊のように独りだけ大きくビシッと手を振って歩いて、背の順で並んでた前の前川君の背中に手を当てて、後ろの宮崎君がケラケラ笑うってのがマイブームになってました。
そして、それを見た先生方が私を鼓笛隊の指揮者に抜擢しました・・・ふ、ふざけてただけなのに・・・
見てるんです
あらゆることをあらゆる人が見てるんです。大学でも普段の行動からあらゆる仕事をボコボコもらいました。先生方は見てるんです。業界の人達も見てるんです。
パーティや飲み会などは誘われませんでした。誘っても来ないヤツってのは学生達は見てるんです・・・どうせ練習ばかりしてるんだろうって感じでした。
ちょっとしたチャンスが転がってる
日本にもちょっとしたチャンスがたくさん転がっています。良い人脈を作る為のきっかけだったり、同志向者の動向を確認したり、他の人の失敗を知り自分が同じ失敗をしないようにする機会だったり・・・私達はそのような機会をたくさん与えたり、作ったり、存在しているのを客観的に見ています。
もったいないギタリストが多すぎる日本人
今アメリカ帰りなので日米差が思いっきり見えています。「わ、もったいな〜」っていう日本人ギタリストがやたら多いんです。
- 誰も見ていない所でゆっくりと準備をするギタリスト・・・(こいつ何やっても遅いんだろうなって思われています。)
- 複数の中で「どんな曲だっけ」といわれて反射的に「知らない」という・・・(知ってる曲でも知らないって言いそうだから付き合いたくないと思われます)
- セッションの誘いに「ちょっと予定があうか分からない」・・・(もう一生誘わないでおこうと思われます)
- 皆の前で弾いてって言われて「自分には無理」・・・(自宅でシコり一生を終えるんだろうなって思われます)
- 「得意分野は?」と訊かれて「別に」・・・(ギタリストとしては付き合う理由がないと思われます)
- 弾ける?と訊かれて「多分」と答えずに「曖昧かも」と保険を掛ける・・・(結果よりも自分のメンタル保護を優先するヤツだと思われます)
アメリカなら
アメリカの学生は学内でも町内でもちょっとでも演奏の機会があれば、それが1人の前であろうが10人の前であろうが、全力で力を出し切ります。演奏内容を見られているのではなくて、「どんな音楽家か」というミュージシャンシップを見られているのです。
哀れな日本人ギタリストにならないで・・・
同じ日本人としての切な願いです。
おしまい♫
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