ボストンにて

毎年8月にバークリー音楽大学にて夏のギター集中講座が開かれます。15年前まで私も教員で参加していましたが、今年久々に学生達の姿をみて微笑ましい気持ちになりました。バークリーの学長も、学科長も替わりましたが、方針は変わりません。とにかく人前で演奏させる・・・その他の問題はその時に露呈する、その経験は財産になるという考え方です。
18歳の子供達
髪の毛を伸ばしてピアスをたくさん付けて頑張って威張ってる子供達もやはり100人ほどの観客を目の前にすると、借りてきた猫のようにおどおどしてしまいます。これを精神的にサポートするのも私達の仕事なのですが、一度自分のソロが回ってくると誰もが集中力マックスになります。緊張感もマックスになります。そりゃそうだ・・・。これがいいんです。
スポットの麻薬
スポットライトを一度でも浴びたら中毒になります。その時間が5秒であろうが1時間であろうが関係ないのです。これは麻薬の一種です。しかも、この中毒性に依存するためには鬼のような準備が必要なのが分かります。それをしてでもそのスポットをもう一度浴びたいと思うものなのです。ある意味目立ちたい欲求ではあるのですが、ただ無意味に目立ちたいのではなくて、ちゃんとした音楽家として承認されたいという欲求を自分で満たしてから挑むという良質な麻薬です。
中には・・・
100人に1人くらいは「自分は人前で演奏するのは嫌い」という人もいます。私自身毎月スポットを当てられていたのですが、人前で演奏するのは嫌いでしたし、いまだに目立つのは嫌いです。こんな人も中にはいるんです。しかし、それも人前で演奏した経験があるからこそ分かることなんです。
一人での練習は無意味
一人で練習していても何にもなりません。一人で練習した成果を人前でいつか披露しようと考えること・・・これが世界基準で音楽家最大のNG行為とされているのです。
「なんで?」
って思いますよね。
バークリーの内部での言葉で説明しましょう。
「練習がミュージカル・マスターベーションになっている。
演奏会がマスターベーション公開になる。」
つまりは、毎日シコりまくって、いつかこれを人前でやろう・・・と考えているだけ・・・だ、だれも見たくないですし、どちらかというと迷惑なだけなんです。
こんな音楽家が多いのが大問題だという見解です。(私の見解ではありませんが、同意します)
お願い
もし、なんらかの機会が巡ってきて、自分が人前できる場合は飛びついてください。近所のオバハン集めてもいいですし、興味のない文化祭のお客さんの前で弾くのもいいのですが、もし、音楽家に自分の音楽を聴いてもらえるチャンスがあれば、これは人生単位の財産になりますので、逃さないように。
指導者としての切な願いです。
津本幸司
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